「どうすりゃいいのよお」
あたしは半泣きになって床にへたり込んだ。あたしのまわりには消しても消してもいっこうに減らない白い綿毛のようなものがふわふわと漂っている。
直径は3cmぐらい。それが教室の床を埋め尽くしている。それぞれが高さ50cmぐらいまで浮かんだり、ゆっくり落ちたり、勝手気ままにふわふわと移動したりしている。
あたしが掃除を始めて、もうかれこれ一時間はたってると思う。あたしが創ってしまったものだから、あたしが何とかしなけりゃならないのだけど、いつになったら終わるのか自分でも見当がつかない。
「佐々野、何を手間取っている」
廊下から声がかかったので顔を上げたら、よりによって生徒会長が教室を入り口から覗き込んでいた。カッと顔が熱くなる。
会長ならこんなの簡単に消しちゃうんだろうなあ。なにせ世界中に名を知られている天才魔術師だから。あたしみたいなすぐ魔術を暴走させてまわりに迷惑ばかりかけてしまうような半端モノとは違うんだから。
「掃除です掃除、すぐ終わります」
そう言ったはいいけど実は何も考えていない。とりあえず集めてしまおう。
あたしは立ち上がって呪文を唱え、両手のひらを10cmほどあけて向かい合わせにする。詠唱の終了と同時に空気の流れが手の間に向かっていき、一緒にあんなに手間取った綿毛が吸い込まれる。この呪文、正式名称はあるけど、あたしは勝手に〈掃除器〉なんて呼んでる。
最初っからそうすりゃよかった。一つずつ片付けようとするから面倒なことになるんだ。
全ての綿毛が手の中に納まり、あとは焼却炉にでも持って行こうかと思ったその時、ボンっと鈍い爆発音とともに綿毛が1mぐらいに膨らんだ。あたしは思わず腰を抜かす。
綿毛はひとかたまりになって、あたしを馬鹿にするようにふわふわと漂っている。
「それで片付くと思っていたのか」
会長はわざとらしく額を押さえている。適当にやってたのがバレちゃったみたい。あたしの顔から血の気が引く音が聞こえるようだ。
「これでまとまったからあとの処分は簡単になったが。ところで、さっきのを全部作ったのか?」
あたしはただ、うなずく。
ホームルームで暇つぶしに魔術で綿毛など作っていたら突然指名されてあわてた拍子に暴走させた、などと言えるわけない。あたし一人で掃除しているのは罰なんだから。
「それで罰掃除か」
バレバレだった。
「とりあえずさっさと片付けろ」
あたしは、はい、と小さく返事をしてから、別の呪文を唱える。あたしの得意な火炎魔術。
右手人差し指に小さな火がともったと思うと、すっと綿毛に飛んでいく。
巨大な綿毛はあっさりと燃え上がった。
燃えたのはいいけど、立ち上る炎は天井に達しようとしてしまった。
やば。また暴走しかかっている。
落ち着かなきゃ。
でも、落ち着かなきゃならないと思うほど、心臓はよけいドキドキし、顔は熱を持っていく。たぶん紅くなってる。体全体が震え始めている。
会長が見ているのに、こんな簡単なことで暴走させるわけにはいかないのに。
ふと、右肩に手が置かれたのを感じた。会長の手だ。
心臓の鼓動はさらに速く大きくなっているのに、なぜか心の重荷がふと軽くなった。
「いいか。息を吐いて、吐いて、吸って」
言われるとおり、息を整える。
「もう燃え尽きてしまった。燃やすもののない炎は消えるだけだ」
力ある言葉が混ざる。
その言葉に同調して炎は小さくなり、そして消えた。
思わずあたしは深く長いため息が出てしまう。また会長に暴走を止めてもらってしまった。自己嫌悪。
「さて、あとは煤をふき取るだけだな」
そう、巨大な綿毛のあった場所の天井と床は、見事に真っ黒になっていた。
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