思ったより軽かった

 体育の時間はとっくに終わったのに、女子更衣室がなんだか騒がしい。
「大丈夫? 保健室まで行ける?」
「うん。なんとか」
「肩貸してあげるからさ、保健室までがんばろ」
「あたしは大丈夫だから、先行ってよ」
 怪我をしたらしい女子の声が誰かに似ている。ちょっと様子を見てくると友人たちに声を掛けておいて、女子更衣室の方に足を向ける。
「おいお前ら。次の授業あるんだぞ」
 出口の外に既に制服に着替えている数人の女子が固まっていて、一斉にこちらを向いた。
「あ、旦那来たよ旦那」
 予想通りというか、クラスメートの女子に囲まれているのは、この前「友達」から「彼女」に昇格したばかりの同級生。
「お前らな、誰だよ旦那って」
「もちろんあんた」
 告った翌日にはクラスの女子全員とほとんどの男子に知られていて、以降俺は「旦那」と呼ばれるようになっちまった。頭が痛い。
 別に将来の約束なんかしているわけでないから、そういう恥ずかしい呼び方はしないでくれ、と何度も言ってるんだが、あいつらまったく聞きやがらない。
 とりあえず、こうるさい女どもを「授業に遅れる」と蹴散らす。その場に残っていた数人の女子は「じゃ、奥さんをよろしくー」などと明るく手を振りながら駆けていったので、思わずこめかみを押さえてしまった。
「大丈夫? 頭痛?」
「お前が俺を心配してどうするんだよ。どこ怪我したんだ?」
 女子の体育は長距離走だったはず。こいつは陸上部で長距離やってるから、下手な怪我はしないはずなんだが。
「ちょっとねー、まめ、つぶしちゃったんだー。駅伝大会が終わって、気が抜けちゃったからかなー」
 あははー、と照れ笑いするような調子。しかしその笑顔がいつもと違ってこわばっているのは見逃せなかった。
「どっちなんだ」
「え?」
「だからどっちの足なんだ?」
「……右」
 両足とも上履きを履いているので、右を問答無用で脱がせる。それだけで、ハイソックスに赤くにじんでいるのがわかった。
 こいつ、この足で保健室まで行くつもりだったのか。いつごろつぶれたのかはわからないが、それまで我慢してたのか。
「おんぶしてやる」
 だから、すんなりと言葉が出た。
「でも」
「保健室まで連れてってやる」
「そんなことしたら授業に遅れちゃうよ」
「お前こそ、いつまでここで突っ立ってるつもりだ?」
 言うだけ言っておいて、後ろを向いてしゃがむ。
「こんなことで遠慮するなよ」
「……うん」
「乗れよ」
「わかった」
 背中に感触が伝わってくる。特に上の方に当たる、二つの柔らかいものが。俺、今どんな顔をしてるんだろう。 「ちゃんとつかまってろよ」
「うん」
 両腕が俺の肩にしがみついているのを確認して立ち上がる。
 彼女の体は、思ったより軽くて、柔らかかった。


お題もの書き2005年02月テーマ企画「マメ」参加作品(2005/02/22)

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