図書館にはもう行かない

「いつまで読んでるんですか、その本」
「ああ、もう少し」
「もう少しって、何分たってるかわかってるんですか?」
「もう少し」
 思わずため息。こんな会話をもう三十分以上続けている。
 待ち合わせを図書館に決めたのはわたしで、別に用事があるわけじゃなかった。この図書館はどこかにいくのにちょうどいい位置にあるから。今日は特に何するかなんて決めてないから、話題の映画を見たり美術館に行ったりウィンドウショッピングしたり、公園でのんびりするのもいいかな、と思ってたのに。
 こんなことなら「ちょっと寄っていいか」って言葉にうなづくんじゃなかった。だって、「ちょっと」が一時間とは思ってないもの。
 彼は本棚に向かって立ったまま、気になった本をずっと読み続けてる。この図書館には閲覧室があるし、ちょっと読む用の椅子だってあるのに。
 ぱらり、ぱらりとページをめくる音が響く。
 残りページが目に見えて減っていく。
 これを読み終えたらと思ったら、読み終わった本をあった場所に戻して、なんと別の本を取り出したじゃないの。あんまりな行動に、声をかけるのも忘れてた。
「いつになったら終わるんですか?」
「ああ」
「ああ、じゃないです。二冊目ですよ二冊目」
「……」
「何のために来たんですか」
「……」
「いつまでかかるんですか」
「あと少し……」
 わたしはつい、ここが図書館だということを忘れた。
「あと少しあと少しって、これ以上こんなところにいないでくださいよ! 今日は図書館で本を読むために来たんじゃないんですから! わたし、もう出ますからね!」
 図書館にいる人の視線が私に突き刺さる。なのに彼は本から目を離さない。
 捨て台詞を言って、入り口に向かうわたし。
 本棚で死角になってしまう前にそっと彼の様子を見てたけど、相変わらず本を立ち読みしているままだった。

 図書館の入り口に腰掛け、うなだれる。
 あのあと、あんまり腹が立ったので、一人で映画を見に行った。大半がカップルだったせいかぜんぜん面白くなかった。
 そして、映画が終わってから図書館に行ってみたら、彼はもういなくなっていた。
 そりゃそうだよね。いくら本が好きでも飲食忘れて二時間読み続けるってことはないよね。
 いくら腹が立ったからって行き場所もいわずに出て行くのはよくないよね。
 あきれて帰っちゃったんだろうか。
 探してくれてるわけじゃないよね。
 だいたいどこにいるか知りたいなら携帯電話……。
 ヤバいことに気がついて、ポシェットから携帯電話を取り出した。
「電源切ったままだった……」
 きっと映画館に入ったときだ。
 電源を入れると、メールと不在着信が大量に入っていると表示。
 見る気になれない。
 地面にぽたり、ぽたりと黒いしみができる。
 きっと怒ってるだろうな。勝手にキレて、携帯電話の電源も切ったままで、二時間以上連絡とれず……。
「ここにいたのか。どこかに行くならケータイの電源ぐらい入れておけよ」
 顔を上げると、向こうから彼が走ってくるのが見えた。笑ってない。
 思わずしがみついく。
「ゴメン、ゴメンネ。見捨てないでね」
「それ俺の台詞」
「だって、電源入れてなくて」
「そうじゃなくて、そもそも俺が本に夢中にならなかったら、お前が怒って出て行くこともなかっただろ」
 そう言って、わたしの頭をぐりぐりとなでる。
 なぜだか、心がほっとする。
「ほんとに悪いってわかってる?」
「わかってるって」
「じゃあもうデートのときは図書館に行かないって約束してくれる?」
「……図書館デートってもいいもんだぜ」
「図書館デートのとき以外は、図書館に行かない。これでいい?」


お題もの書き2006年10月テーマ企画「図書館」参加作品(2006/10/31)

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