ムーンリット・ダンス

 秋は日が暮れるのがあまりにも早い。まだ午後五時半だというのに、もう夜中とおんなじ。
 あたしは本校舎を追い出されるようにして外に出た。猛暑のなごりがあるとはいっても、ベストぐらいは欲しくなる。
 ふと空を見上げると、満月には少し足りない月が東の空にある。
 月に誘われて寮とは反対方向に歩く。
 本校舎の裏は来客用駐車場になっていて、今は何もない。
 誰もいないし月もよく見える。
 よし。
 あたしはカバンを外灯の下に置き、腕を広げて深呼吸しながら月光を受ける。
 清みきったエネルギーが体中にしみわたって気持ちがいい。
 数歩ステップして開脚ジャンプ。
 助走をつけてダブル・トゥーループ。風の魔力を借りて、アスファルトの上ではできない二回転を成功。
 月光があたしに降り注ぐ。
 右手に光のリボンを持って、体のまわりで振り回す。
 そのままスピンしてリボンを投げる。
 ふいに拍手の音がして、あたしは固まってしまう。
 拍手をしたのは榊原会長。いつからいたのか全然気がつかなかった。
「もう、おしまいかな」
 おしまいというか、どうすればいいのかわからない。
 さっきまで軽くステップを踏んでいた足は、根が生えたように動こうとしない。
 光のリボンは消えてしまった。
 月はあいかわらず東の空にあるけど、もうあたしにはもう力を与えてくれない。
 風もただ吹くだけ。
 どうしていつもこうなんだろう。
 会長の前では動けなくなるか、しょうもないことで失敗するばかり。
 会長がこちらのほうに歩いてくる。外灯に照らされて困った顔をしているのがわかる。
 足は棒のようになり、逃げ出すこともできない。
 心臓はギリギリと痛む。涙が出そう。
 ふいに何かが投げられて、外灯の下に着地。会長のカバンだ。
 そちらに気を取られているうちにあたしの前に来て、一言。
「踊ろうか」
「え?」
 何を言われたのかわからなかった。
「私と、踊ろう」
 真剣な表情を見ていられなくて、あたしは下を向く。
「でも、あたし……」
「どうした」
「ダンスとか、やったことなくて」
「さっきのは?」
「自己流、です」
「自己流であれだけ動ければたいしたものだ」
「でも……」
「ステップだけなら、できるだろう?」
 たぶん、ステップだけならなんとかなる。
 あたしは下を向いたまま小さくうなずく。
 右手をとられ、左腕を組む。
 右足からはじめる。思ったよりスムーズに動いて、自分でも驚いてしまう。
 ステップだけじゃない、もっときちんとしたダンスを、あたしはいつの間にかしていた。
 月が、また力をあたえてくれたのだろうか。それとも会長のリードがうまいからだろうか。
 ずっとこのままでいたい。
 このまま永遠に、踊っていたい。


お題もの書き2004年10月テーマ企画「月(衛星)」参加作品です。居残り掃除の後の話になります。(2004/12/11)

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