紅茶のいれ方

「色のついたお湯ね」
 メイド頭の月影れあなは、新人メイドの渚女悠歩が入れた紅茶に冷たい感想を述べた。悠歩は黙って立ったまま、何が悪かったのか考え込んでいる様子。
「ティーカップがあらかじめ暖めてあったのは感心しますけどね。おおかたカップで冷ましたお湯で入れたのでしょう」
「でも、高級なお茶はぬるま湯で入れるって……」
 れあなは呆れ顔になった。たしかにこの紅茶はインド・ダージリン地方の有名農園からの直輸入物だ。ダージリンの初摘みは90℃ぐらいのお湯がいいという人もいる。だからといって人肌まで覚ますのはやりすぎだ。
「玉露と紅茶は違います」
「うっ……」
 生半可な知識を使って失敗したということなのだろう。世間一般で紅茶をリーフで入れることは激減しているのだから、紅茶に関する基本的知識が伝わっていかないのも仕方がない、悠歩一人を責めてもしょうがない、ということに、れあなは無理やり自分を納得させることにした。
「紅茶は沸騰直後のお湯を使うのが基本です」
 悠歩はふむふむと頭にメモをするような顔で聞いている。
「紅茶のゴールデンルールってご存知?」
 知らないという答えが返るだろうと予想して、あえて尋ねてみるれあな。予想どうり悠歩は首をフルフルと振った。
「第一に、品質のよい茶葉を使うこと。これは値段の高低ではなく、飲む人の好みに合い、かつ新鮮なものという意味ね。ご主人様はダージリンがお好き。そのことを覚えておけばとりあえずいいわ」
 茶葉の品質の良さを判断させるには、悠歩はまだ荷が重過ぎる。
「第二に、蓋のついたティーポットを使い、使う前に暖めておくこと。第三に、茶葉はきちんと計ること。ティーメジャーを用意しているから、それを使いなさい」
「ティーメジャーって?」
「茶葉を入れている缶の中に入っている匙ですよ」
「あれ、そういうものだったんですか」
 なんだと思っていたんだ、と突っ込むのは虚しくなりそうなので、れあなはため息をつくだけにしておいた。
「ポットのための一杯って、なんだったんですか?」
 それはいつのCMだ。
 有名紅茶ブランドの茶葉を少しでも使わせようとする策略の一環としてのキャッチフレーズだが、それでも本来必要な茶葉の量には足りていないという事実は悲しい。
 そのことをれあなは説明しようとして、悠歩に理解させるには時間がかかるのに気がついた。まずは基本だ。応用と薀蓄はそのあと。
「とりあえず忘れなさい。そして第四に、汲みたての水を完全に沸騰させること。そしてすぐにティーポットに注ぎなさい」
 沸騰したてのお湯をティーポットに入れると、対流で茶葉が上下にジャンピングする。これが紅茶の香味を引き出すコツだ。
 耐熱ガラスのティーポットを用意しておけば良かったわね、とれあなは思った。そうすればお湯の温度でどう違うか比較できたのに。
「そして第五は、十分に蒸らすこと。紅茶の種類で違いますが、だいたい三分ぐらいと覚えておけばいいでしょう。わかった?」
「はい!」
 悠歩の元気な返事が部屋中に響き渡る。
「では、もう一度淹れてきなさい。今度は口を出しますからね」

 茶葉の量はきちんと計りなさい、その前にティーポットとティーカップを暖めて。まだ湯が沸騰ていない。沸騰しすぎはよくない。まだ三分たっていない。などと、さんざん注意を受けながら淹れた紅茶が、さっきの色水とは比べようがないほど豊かな香味をかもし出していたのは特筆するまでもない。


お題もの書き2005年05月テーマ企画「黄金」参加作品です。月影れあなの憂鬱の続編にあたります。(2005/05/17)

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