そもそも後夜祭のキャンプファイアーは学校祭イベントで出たゴミを焼くついでみたいなところがあったそうだけど、昨今の世知辛い事情でゴミは回収業者に処分してもらってる。
だからといって評判のいい炎を囲んでのフォークダンスをなくすわけにも行かなくて、あたしたち魔術師の卵たちの学校では、学校祭実行委員で魔法の炎を作ることになったんだそうだ。
そしてあたしは校庭が見通せる場所に陣取って、全校生徒が大きな二重円を描くのを見守っている。折りたたみの椅子に座って。
ほんとはあたしもあの場所でフォークダンスを踊るはずだった。だけど何の因果かあたしが急にやらされることになっちゃった。なんでも魔法の炎担当の人が羽目をはずして「今日一日魔術禁止」をくらってしまったらしい。
ぺーぺーの一年生にそんなのは無理だっていうのに。
でも生徒会執行部のお歴々による「君ならできる」「君しかいない」攻撃に勝てる人がいたら見てみたい。
いつも「暴発娘」「暴走娘」って言われてるだけに、なんだか執行部の皆さんに認められたような気がして、ちょっと気分がよくなったのは否定できない。
あー、でも、自信ない。ほんとに暴発してしまったら被害甚大だよ。
あの輪の中には、生徒会執行部の皆さんもいるんだろうなあ。学校一の美女と名高い書記の小坂先輩も、あっけらかんとしてるけど、でも締めるところは締めるので人気がある河崎副会長も、それから榊原生徒会長も。
生徒会長は、会長任されるだけはあって、頭はいいし、魔術の腕もすごい。どうして日本の高校生やってるのかわかんないぐらいすごいって聞いたことがある。
あたしは魔法の暴発・暴走で迷惑かけてるせいか、いっつも怒られてばっかり。いつ見捨てられるかと思ってたけど、今のところなんとか見捨てられずにすんでる。
だから、会長に「急なことだからこっちもフォローはする。だがな、準備なしであれだけの魔術の炎を出せるのは、今は佐々野しかいないんだ」と言われて、ついうなずいてしまった。
認められてるのかな。魔術の腕が、というより、魔術の威力を。
威力だけあってもしょうがないんだけど。
でも、憧れの人に、威力だけとはいえ力を認められるってのは悪い気がしない。違う、結構うれしい。そうじゃなくて、ものすごくうれしい。
うれしいのはいいんだけど、他の人たちはこれからフォークダンスってことで、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
そっか。フォークダンス、あたしは参加すらできなくなったんだ。
会長は三年生だから、後夜祭のフォークダンスは最後。来年には卒業してしまう。
当たり前だけど、一年生のあたしにとっては、このフォークダンスが最初で最後のチャンスだったんだ。それを、こんなことでできなくなってしまっただなんて。
うなずかなきゃよかった。断ってしまえばよかった。
どうせ自信がないのだから、他の人にしてもらうほうがよかったんだ。
でも、ちゃんと断れるだろうか。会長に持ち上げられたからとはいえ、結局押し切られたんだし。
まさか「会長とフォークダンスしたいから無理です」なんて言えるわけがない。
言えるわけがない。だってそんなことを言ったら会長あきれてしまうもの。
会長のところまでダンスが回ってこないかもしれない。でも、その可能性が全くなくなってしまうのよりも、ずっといい。
音楽担当の二年生の先輩に肩を叩かれて、大丈夫かと声をかけられた。じっと黙ったまま校庭を見つめていたから、心配されたのかな。
あたしは首を振って呪文を思い出す。
今から参加したいだなんて遅い。
もう遅いんだ。
今はただ、お願いされたように、やれるだけやろう。少しでも、会長に認めてもらえるように。
大きく息を吸って、呪文を唱える。
指示された場所に、炎が上がる。あたしにしてはうまくいったほうだと思う。
大きな炎を、暴走させるどころか消えないようにするので精一杯。
あたしの耳にも、軽やかな音楽が聴こえてくる。
きっとみんな炎の周りで楽しそうに踊っているんだろう。それ以上のことは考えないことにした。
「おい、佐々野、もう終わってる」
肩を揺さぶられて、やっと我に返った。
振り向いたらなんと会長本人。どうしてここに?
周りを見ると、副会長や小坂先輩もいてよけいビックリ。
校庭にはもう人がほとんどいなくて、とっくにフォークダンスが終わってたことにあたしはやっと気がついた。
あたしの魔法の残り火が、まだ少し残っているぐらい。
「お疲れ様。急で悪かったわね」
鈴が鳴るような小坂先輩の声。なんだか疲れがどっと出てしまった。
「ほんとすごいよ美弥子ちゃん。あんなでかい火、魔方陣も何もなしに一発勝負やるなんてさ」
「フォローも何も必要なかったわね。よくやったわ」
副会長と小坂先輩の二人がかわるがわるあたしをほめてくれる。でもあたしにはそんなすごいことをした気になれない。
ほんとにあたし、ちゃんとできたのかな。夢見心地というか現実感がないというか、頭が全然回らない。
会長は何も言わない。どうせあたしなんてその程度なんでしょうね。
そう思ったら、とても大きなため息が出てしまった。
「え? オレ、何かまずいこと言った?」
「河崎君がうるさいからじゃないかしら。それに佐々野さんは大分疲れているみたい。そろそろ寮に戻りましょう」
そうですね、と言おうとしたけど声が出ず、それでもあたしは立ち上がろうとした。
腰を上げたとたん、膝に力が入らなくって、がっくりと前のめりになってしまう。体を支えてもらわなかったら、そのまま頭から地面にぶつけてしまっていたかも。
「……っと、大丈夫か佐々野」
あたしのすぐ後ろから聞こえてくる声。低めだけどよく通る、よく聞きなれた声が。
その声が、耳元といっていい場所から聞こえてくる……うわあ、何が起こってるの?
あたしを支えるような形で、男性の腕が見える。ちょうど抱きかかえるように……!
なんてことになってるの、どうしてこんなことになってるの!
無様な姿をさらさないですんだのはいいんだけど、でも、副会長と小坂先輩が驚いたような心配してるような顔でこっちを見てるってことは。
つまり、会長は、あたしを抱えるような形になってるってこと?
どうしよう、どうしたらいいんだろう。
いや、会長は単にあたしが倒れそうに見えたから、実際倒れそうだったからとっさに支えてくれただけ。それだけなのに。
あたしの心臓、とてもうるさい。このままだと会長に聞こえてしまう。
大丈夫ですから、とか、離してください、とか言わなきゃならないのに、あたしは口をぱくぱくしてるだけ。ほとんど酸素を求める水槽の金魚。
小坂先輩が前からあたしを支えてくれる。会長が腕を抜いて、あたしはその場にへたり込んだ。
「大丈夫? 立てる?」
大丈夫です、立てます、と言いたいけれど、あいかわらず声が出ない。体に力も入らない。
「相当消耗してるな。これでは歩くのも無理だろう」
会長がそういったかと思うと、あたしの膝裏に腕が通る。
そしてあたしの体がふわりと宙に浮く。
これって、いわゆる、お姫様抱っこってやつですか?
よりによって会長に抱きかかえられてるんですか?
なんだかとんでもないことになってますよ。
ほんの十数秒ほどのダンスを悔やんでたあたしが、どうしてこんなことになっているのか。
もう何も考えたくありません。
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